重量管理の失敗談|小学校のグラウンドで飛び上がれなくなった日


前回の記事で予告した、私の重量管理の失敗談です。

数年前の出動でのこと。今でも思い出すたびに、背筋が伸びる経験です。

現場:山と電線と校舎に囲まれたグラウンド

その日の要請で向かったランデブーポイント(RP)は、病院から5分ほどの小学校のグラウンドでした。広さは70m×50m

ただ、周囲の環境が厳しい場所でした。

  • 北側と東側:切り立った山
  • 南側から東側:電線。少し離れたところには高圧線
  • 西側:校舎と民家が密集し、電線が北側から西側にかけて延びている

つまり、全方位に何かしらの障害物があるRPです。当時の風は、西寄りの10ノット程度でした。

ランデブーポイントの地形図。中央に70m×50mの小学校グラウンド。北側と東側に切り立った山、南側から東側に電線と高圧線、西側に校舎と民家。西寄り10ノットの風。北西から南東に向けて進入し、離脱は西へ——校舎で風が遮られる位置関係

「近いRP」は重量が重い

ここで、前回の重量管理の話が効いてきます。

ドクターヘリは、担当する出動範囲全体をカバーできるように燃料を積んでいます。ということは——近いRPに向かうときは、燃料をほとんど消費しないまま、重い状態で着陸することになるのです。

今回は病院からわずか5分。重量はかなり重い状態での着陸でした。

重い状態での着陸は、必要な出力が大きくなるだけでなく、ボルテックスリングという危険な状態に入るリスクも高まります(これについては、また別の記事で詳しく説明します)。

ちなみに「ヘリコプターは風に弱い」というイメージを持っている方が多いのですが、実は逆で、適度な風が吹いてくれた方が、ホバリングや離陸に使う出力は少なくて済みます。風は味方なのです。

このときは、北西側から南東に向けて進入して着陸しました。風は右横から受ける形でした。

風が、弱くなっていた

救急車内でのドクターの処置は長時間に及びましたが、患者さんの容態は落ち着き、いよいよ病院へ搬送することになりました。

離陸前に風を確認して、嫌な予感がしました。着陸時より、風が弱くなっていたのです

味方だった風が、いなくなりつつある。しかも東側には山があるので、そちらへは離脱できない。私は西側(校舎側)へ離脱することを決断しました。

さらにこのとき、フライトドクターから「患者さんの意識がないので、付き添いとしてご家族を乗せたい」という相談がありました。心情としては乗せてあげたい。でも、患者さんだけで重量制限に近い状態です。私は、患者さんのみの搬送を進言しました。

離陸——出力が、足りない

いざ離陸してみると、校舎に風が遮られて、出力は制限ギリギリ

そして西側に向けて離脱しようとした瞬間、制限に引っかかりそうになりました

私は離脱を中止し、一旦グラウンドに着陸し直しました

患者さんを一刻も早く搬送しなければならない。でも、出力は制限を超えて使うわけにはいかない——前回の記事で書いたとおり、この制限はトランスミッションを守るためのもの。破れば、もっと重大な事態を招きかねません。焦りと制限の間で、葛藤しました

出力に「余裕が生まれる場所」を探す

着陸し直した後、なんとか離陸できる方法はないかと考えました。

そして、ホバリングしながら、出力が少なくて済む方向を探していきました。風の通り道、障害物の影響が少ない場所——機体が教えてくれるわずかな出力の変化を頼りに、ゆっくり、ゆっくりと上昇していきます。

校舎をかわした、その途端でした。遮られていた風が機体に当たり、出力に余裕が生まれたのです。そのまま離脱し、無事に患者さんを病院へ搬送することができました。

この経験から学んだこと

振り返って、痛感したことが3つあります。

  1. 重量管理の大切さ。近いRPほど重い、という構造は変えられない。だからこそ、離陸まで見据えた計画が要る
  2. 制限を守ることの大切さ。どれだけ急いでいても、制限の向こう側に安全はない
  3. 障害物の多いRPでは、進入方向より離脱方向の方が難しい。着陸できても、離陸できるとは限らない

そしてもう一つ。あのとき私は「なんとか飛ぶ方法」を探しましたが、本当は——無理に離陸せず、着陸したまま救急車での搬送に切り替えることを進言するという選択肢も、もっと早い段階で考えるべきでした。飛ぶことだけが正解ではないのです。

飛行機には滑走路があります。でもヘリコプター、特にドクターヘリは、いろいろな場所に、時には初めての場所に降ります。その難しさを、身をもって痛感した出来事でした。

まとめ

  • 近いRPへの出動は重量が重いままの着陸・離陸になる
  • 風は味方。風が弱くなると、離陸に必要な出力は増える
  • 出力の制限は絶対に守る。焦りは制限を超える理由にならない
  • 着陸できる場所が、離陸できる場所とは限らない
  • 「飛ばない」という選択肢を常に持っておくべきだった

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※本記事は、実際の経験をもとに、患者さん・場所・時期が特定されないよう一部を一般化して記載しています。

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執筆:SkyRescue Pilot(現役ドクターヘリ機長)

元自衛隊ヘリコプターパイロット。現在はドクターヘリ・消防防災ヘリの機長として乗務。本ブログの記事はすべて、現場での実体験に基づいて執筆しています。詳しくはプロフィールをご覧ください。

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