ドクターヘリの重量管理|「重すぎると飛び上がれない」という現実


燃料の記事燃料計画の記事で予告した、重量管理の話です。

自衛隊時代は「お金と燃料は多い方が良い」でよかった私が、ドクターヘリの世界に来て一番考え方を変えさせられたのが、この重量管理でした。

ドクターヘリは「重い」ヘリコプター

ドクターヘリは、通常のヘリコプターと違って——

  • 医療機材を常時搭載している
  • フライトドクター・フライトナースが搭乗する

という特徴があります。つまり、飛び立つ前からすでにかなりの重量を積んでいるのです。

通常の出動では、操縦士・整備士・フライトドクター・フライトナースの4名が搭乗します。さらに転院搬送(患者さんを別の病院へ移送する任務)では、そこに患者さんが加わります。ストレッチャーに乗った患者さんと、場合によっては付き添いの方も。重量はどんどん増えていきます。

重くなると、何が起きるのか

端的に言うと——飛び上がれなくなります

重量が増えるほど、機体を浮かせるために必要なエンジン出力は大きくなります。そして、その必要な出力が機体の制限値を超えてしまうと、離陸に必要なパワーを出せない。つまり、地面から浮かび上がれないのです。

意外な事実:制限しているのはエンジンではない

「ガスタービンエンジンって高出力なんでしょ?」——そのとおりです。ドクターヘリに使われるヘリコプターのエンジンは高出力で、実はエンジン自体にはもう少し余力があることが多いのです。

では何が制限になるのか。多くの場合、トランスミッション(エンジンの力をローターに伝える装置)の制限です。

エンジンがいくら力を出せても、その力を受け止めるトランスミッションには耐えられる上限があります。これを超えて使うとトランスミッションを傷めてしまうため、トランスミッションを保護するための出力制限が設けられています。重量が重いとこの制限に引っかかり、出力を下げざるを得ない——つまり、飛び上がれないのです。

「重さ」だけの話ではない

さらに厄介なのは、重量管理が重さだけを考えればいい話ではないということです。

飛び上がるために必要な出力は、重量のほかに——

  • 風向・風速(向かい風があると浮きやすい)
  • 気温(暑いとエンジン性能が落ちる)
  • 高度(標高が高いと空気が薄く、より出力が必要)

——といった要素が複雑に関係します。「この重量なら大丈夫」という単純な話ではなく、その日、その場所、その条件での計算を毎回しなくてはならないのです。

パイロットは常に重量をコントロールしている

そのため、私たち操縦士は、様々なシチュエーションで重量を管理しています。

  • 最初から患者さんを乗せて出発するとき
  • 風が弱い日(向かい風の助けを借りられない日)
  • 患者さんの付き添いの方を搭乗させるとき
  • ドクターをもう1名追加で乗せるとき
  • 医療機器を追加で搭載するとき

こうした場面のたびに、「今の重量で、この気象条件で、この場所から安全に離陸できるか」を判断します。場合によっては、燃料の記事で書いたのとは逆に、燃料を減らして重量を軽くするという判断をすることもあります。「燃料は多い方が良い」と教わった自衛隊時代とは、まさに正反対の発想です。

まとめ

  • ドクターヘリは医療機材+医療スタッフ+患者さんで、常に重量制限との戦い
  • 重量が増えると必要な出力が制限を超え、飛び上がれなくなる
  • 制限の正体はエンジンではなく、トランスミッション保護のための出力制限であることが多い
  • 重さだけでなく、風・気温・高度が絡む複雑な計算が毎回必要
  • パイロットは搭乗人数・機材・燃料を状況に応じてコントロールしている

実は私自身、この重量管理で苦い失敗をした経験があります。次回は、その失敗談を正直にお話ししようと思います。

ご質問はコメント欄やお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。


※本記事は、現役機長としての個人的な経験・所感に基づく内容です。具体的な制限値や運用は機種・運航会社により異なります。

🚁

執筆:SkyRescue Pilot(現役ドクターヘリ機長)

元自衛隊ヘリコプターパイロット。現在はドクターヘリ・消防防災ヘリの機長として乗務。本ブログの記事はすべて、現場での実体験に基づいて執筆しています。詳しくはプロフィールをご覧ください。

コメント

コメントは承認制です。投稿後、管理人が確認してから表示されます。お気軽にご意見・ご感想をどうぞ。