ドクターヘリにおけるCRM(クルー・リソース・マネジメント)について


ドクターヘリは、操縦士一人で飛ばしているわけではありません。フライトドクター、フライトナースという、専門も訓練のバックグラウンドも全く異なるメンバーと、一つのチームとして動いています。

今回は、その連携の鍵となる**CRM(クルー・リソース・マネジメント)**について、ドクター・ナースとの関係に絞って書いてみます。

CRMとは何か

CRMはもともと航空業界から生まれた考え方です。機長だから、ベテランだから正しい、というわけではなく、立場やヒエラルキーに関係なく、誰でも気づいたことを言える環境を作り、チーム全体でミスを未然に防ぐという発想です。

なぜドクターヘリでCRMが特に重要なのか

ドクターヘリは、操縦士・フライトドクター・フライトナースという、専門もキャリアの積み方も全く違う3人が、限られた時間の中で一つのチームになります。それぞれが自分の専門領域だけを見ていては、うまく機能しません。

一般企業でも、部活でも、どんなグループでも同じだと思います。メンバーそれぞれのベクトルが多方面に広がっていると、組織としての力は発揮できません。ベクトルを合わせて同じ方向を向くことで、初めて最大の成果が得られる——ドクターヘリのチームも、まさにこれだと感じています。

実際の連携シーン

フライト前のブリーフィング

待機を開始する前に、必ずブリーフィングを実施します。

  • フライトクルー(操縦士・整備士・ドクター・ナース)の確認
  • アルコール&体調チェック
  • 当日の天候の確認
  • 必要な整備作業の有無
  • ヘリの格納状況
  • 受け入れ先となる救急科の病棟の空き具合

こうした情報をその日の出動前に共有しておくことで、要請が入ってからの動きが格段にスムーズになります。

機内での声かけ

飛行中は、操縦士から医療処置に介入することはありませんが、安全に関わる情報は積極的に伝えます

  • タービュランス(乱気流)の状況
  • 高度帯の変化
  • 到着予定時刻

医療チームが処置のタイミングを判断する材料にもなるため、こうした共有は欠かせません。

着陸前後の役割分担

着陸前には見張りの依頼をしたり、着陸後の作業・役割分担を確認したりします。誰が患者に付き、誰が周囲の安全確認をするか——ここが曖昧だと、せっかく早く到着しても現場での動きが遅れてしまいます。

専門領域を超えて協力するための工夫

以前の記事でも書きましたが、私たち操縦士は医療用語を最低限理解しておく必要があります。それと同時に、医療スタッフ側にも、航空用語を最低限理解してもらうことが大切です。

「タッチダウンするまでシートベルトを外さない」「ローター回転中はこの方向に近づかない」など、安全に関わる最低限のルールを共有してもらうことで、お互いの専門領域を尊重しながら、安心して連携できます。

私のCRM上のミス

ここで、私自身の失敗談を一つ紹介します。

ランデブーポイントに着陸し、フライトドクターが救急車内で患者の処置を終えたタイミングでした。搬送先を共有してもらう場面で、ドクターは忙しかったのか「○○市民病院」と言い残して、すぐに救急車へ戻っていきました。

私はその言葉どおり、搬送先を「○○市民病院」としてフライトプランを組み、エンジンをスタートさせました。ところが、どこか引っかかるものがあり、念のためドクターに「○○市民病院に向かいますね!?」と確認したところ——返ってきたのは「○○大学病院です」という答え。慌ててフライトプランと目的地を変更し、CS(運航管理者)にも伝え直して、事なきを得ました。

このとき強く感じたのは、CRMにおいては自分が伝えるだけでは不十分だということです。相手に正しく理解してもらえているか、そして自分自身が正確に理解できているか。少しでも不安や違和感があれば、もう一度確認する——それが、結果的にミスを防ぐ一番確実な方法だと、この一件で学びました。

まとめ

  • CRMは「立場に関係なく誰でも声を上げられる環境」を作る考え方
  • ドクターヘリでは操縦士・ドクター・ナースという専門の違う3者が、ベクトルを合わせることで最大の成果を出せる
  • ブリーフィング・機内での声かけ・役割分担など、各フェーズで具体的な連携の工夫がある
  • お互いの専門用語を最低限理解し合うことが、スムーズな協力につながる
  • 「伝えた」と「伝わった」は違う。不安なときは、確認することが何よりのミス防止策

医療チームとの連携は、機長として一番気を遣う部分であり、同時に一番やりがいを感じる部分でもあります。ご質問やご自身の現場での体験談など、コメント欄やお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。


※本記事は、現役機長としての個人的な経験・所感に基づく内容です。登場するエピソードは、患者の特定につながらないよう一般化して記載しています。

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執筆:SkyRescue Pilot(現役ドクターヘリ機長)

元自衛隊ヘリコプターパイロット。現在はドクターヘリ・消防防災ヘリの機長として乗務。本ブログの記事はすべて、現場での実体験に基づいて執筆しています。詳しくはプロフィールをご覧ください。

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