ドクターヘリ機長に必要な知識|こんなにジャンル違いの専門知識が求められる
どんな職業にも、専門知識は必要です。タクシー運転手なら道路交通法や会社の規則、士業ならその業界の法律や数多くのルール。専門性の高い仕事ほど、覚えることは増えていきます。
ただ、パイロットという仕事は少し特殊だと感じています。専門知識の「量」だけでなく、まったくジャンルの違う知識を同時に求められる仕事だからです。今回は、ドクターヘリの機長として日々どんな知識を使っているのか、整理してみます。
① 事業用操縦士としての基礎知識
まず土台になるのが、事業用操縦士の資格を取る過程で学ぶ知識です。
- 航空法規:航空法、運航規程、各種告示・通達など。守るべきルールの体系
- 航空力学:揚力・抗力・回転翼特有の挙動(地面効果、渦輪状態など)の理解
- 航空工学:機械としてのヘリコプターの構造、エンジン・各システムの仕組み
簡単に言えば力学・物理・数学の世界です。理系の知識がベースになります。
② 無線の知識
以前の記事でも触れましたが、管制機関との交信には航空無線通信士以上の資格が必要です。決まった用語・フレーズで、誤解のない交信をする技術が求められます。
③ 航空気象(天候の知識)
ヘリは天候に大きく影響を受けます。雲の高さ、視程、風、前線の動き方——気象学の知識がないと、安全に飛べるかどうかの判断もできません。悪天候での経験談でも書きましたが、この知識は教科書だけでは身につかず、実際の現場経験と合わせて育っていく部分が大きいです。
④ 医療の知識
ここがドクターヘリ特有の部分です。私たちは医療者ではありませんが、フライトドクター・フライトナースが話している内容を、ある程度理解する必要があります。
- 患者の状態がどの程度緊急性が高いのか
- 医療処置にどれくらいの時間がかかりそうか
- 搬送中の振動や姿勢変化が、患者にどう影響するか
- 航空機の高度や室温は大丈夫か
こうした感覚がないと、医療チームのリクエストに対して的確な判断ができません。専門的に学ぶわけではありませんが、現場での会話の中で、自然と身についていく知識です。
この医療知識を身につけるには、社内での教育に加えて、実際にドクターやナースから救命医療に関する教育を受け、医療機器の基本的な使用方法なども勉強する必要があります。特に医療資機材の名称を覚えておかないと、ランデブーポイントで医療クルーのサポートをすることができません。
私自身も、最初は**CPR(心肺蘇生)やJCS(ジャパン・コーマ・スケール)**といった略語の意味が分からず、苦労した経験があります。
⑤ ランデブーポイント・場外離着陸の知識
ドクターヘリは、病院だけでなく、河川敷や公園、学校の校庭といった「ランデブーポイント」、あるいは病院の屋上ヘリポートなど、様々な場所に離着陸します。
それぞれの場所には、地面の状態、周囲の障害物、風の巻き込みやすさなど、固有の注意点があります。国の審査基準でも場外離着陸地帯の安全確保は細かく定められていますが、それを実際の現場でどう適用するかは、経験を積んで覚えていくものです。
⑥ 地域・飛行エリアの知識
担当する地域の地名はもちろん、飛行エリア内の障害物(鉄塔・橋・高層ビルなど)や、飛行禁止空域・制限空域を把握しておく必要があります。地図の上の情報だけでなく、「この季節は逆光でこの方向が見づらい」といった土地ごとの感覚も含まれます。
⑦ 航空英語
管制との交信は基本的に英語が前提です。それだけでなく、機内に備えているハンドブックやスイッチの表記も、英語であることが多いです。日常会話の英語とは別に、航空特有の定型英語を身につける必要があります。
まとめ
- ドクターヘリ機長には、航空知識・気象・医療・地理・英語という、まったく畑の違う知識が同時に求められる
- 中でも医療知識や地域・現場の知識は、教科書ではなく実際の運航経験を通じて育っていく部分が大きい
- 「専門知識が多い仕事」というより、「専門知識のジャンルが多い仕事」というのが、この仕事の特殊さだと感じています
これだけ幅広い知識を求められるからこそ、機長になるまでに長い時間がかかるのだと思います。「具体的にどう勉強したか」「現場でどう知識を使っているか」など、気になる点があればコメント欄やお問い合わせフォームからお気軽にどうぞ。
※本記事は、現役機長としての個人的な経験・所感に基づく内容です。
コメント
コメントは承認制です。投稿後、管理人が確認してから表示されます。お気軽にご意見・ご感想をどうぞ。