ドクターヘリはなぜ必要か?|時間・生存率を国内外のデータで解説


「ドクターヘリって、本当にそんなに効果があるの?」

前回の記事(ドクターヘリとは何か)で「治療開始までの時間を縮める仕組み」だとお伝えしました。今回はその一歩先、実際にどれだけ時間が変わり、どれだけ命が救われているのかを、国内外のデータで具体的に見ていきます。

なぜ「時間」がそれほど重要なのか

救急医療には「ゴールデンアワー」という言葉があります。重症の外傷では、受傷からおおむね1時間以内に決定的な治療を始められるかどうかが、生死を分けるという考え方です。

実際、大量出血を伴う重症外傷では、約30分で半数が亡くなるとも言われます。受傷から60分が過ぎると、救命の可能性は限りなくゼロに近づいていく——これが救急現場の厳しい現実です。

引用:救急医療における外傷死亡の時間経過に関する一般的知見(外傷初期診療ガイドライン JATEC ほか)

だからこそ、「治療を始めるまでの時間」を1分でも縮めることに、大きな意味があります。

① 救急車とドクターヘリ、どれだけ時間が違うか

ポイントは、救急車は「病院に着いてから治療開始」だということ。救急車が現場に着くのは通報から7〜8分と速いのですが、医師による本格的な治療が始まるのは病院到着後で、ここまで平均して約30分かかります。

ドクターヘリは、医師が現場に着いた瞬間から治療を始められます。

モデルケース:現場から救命センターまで40km

熊本大学が示している試算では、事故現場から救命救急センターまで40km離れている場合、

  • 救急車のみ:約75分
  • ドクターヘリ:約59分

と見積もられています。一般に、現場と病院が30km以上離れていれば、ヘリのほうが時間的に有利になります。

引用:熊本大学病院「ドクターヘリと防災ヘリと救急車の比較」

そして実際の効果はもっと大きく出ています。大分大学が交通事故の負傷者474人を追跡した調査では、ドクターヘリの活用で治療開始までの時間が平均27.2分短縮されました。厚生労働省の研究でも、医師による初期治療の開始が約22分早まると報告されています。

引用:大分大学医学部 高度救命救急センター 公表資料(2002年度 交通事故負傷者474人の追跡調査)/厚生労働科学研究(2003年)

たった20〜30分と思うかもしれません。しかし、ゴールデンアワーの中の20分は、生死を分ける20分です。

② 離島から「船」と「ドクターヘリ」では何時間違うか

ヘリの真価がもっとも際立つのが、離島やへき地です。

かつて離島の急患は、船で本土の病院へ運ぶしかない時代がありました。ある離島のケースで比べてみます。

あるケース:離島から本土の病院へ

離島から本土の病院への搬送比較。船では約4時間半以上かかるのに対し、ドクターヘリは約30分で到達し病院ヘリポートに直接着陸できる

  • 船で搬送:本土の病院まで4時間半以上。しかも、傷病者のいる場所から港まで、港から病院まで、それぞれ陸路の移動が加わるため、実際にはそれ以上の時間がかかります
  • ドクターヘリ:約30分で傷病者の近くまで到達。医師の接触が4時間以上早くなる計算です。さらに、ドクターヘリは病院のヘリポートに直接着陸できることが多く、医師の処置を受けながらそのまま病院へ入れます

「医師に診てもらえるまで4時間以上」と「30分」。離島では、ドクターヘリの有無が「助かる病気」と「間に合わない病気」の境目になり得ます。山間部でも同じで、ヘリは地形の影響を受けにくいという強みがあります。

引用:離島搬送における船舶搬送とドクターヘリ搬送の所要時間比較(運航実績に基づく一般例)

③ 生存率はどれだけ変わるのか(国内データ)

時間が縮まると、結果はどう変わるのか。国内の代表的なデータがこちらです。

ドクターヘリの有効性データ。国内11か所の調査で外傷死亡27%減・重い後遺症47%減、大分大学の追跡調査で死者40%減・社会復帰1.6倍

国内11か所で行われたドクターヘリ事業の調査では、救急車による搬送と比べて、

  • 外傷による死亡を約27%減少
  • 重い後遺症を約47%減少

という結果が報告されています。

引用:ドクターヘリ試行的事業の検証(国内11施設)/厚生労働省・日本航空医療学会 関連資料

前述の大分大学の追跡調査でも、「ドクターヘリがなかったと仮定した場合」と比べて、死者は約40%減少、社会復帰できた人は約1.6倍になりました。

引用:大分大学医学部 高度救命救急センター 公表資料

「助かる命が増える」だけでなく、「後遺症を残さず社会に戻れる人が増える」——ここがドクターヘリの社会的な価値です。

④ 海外のドクターヘリ・データ

ドクターヘリ(HEMS:Helicopter Emergency Medical Service)は世界中で運用されていて、有効性を裏づける研究が数多くあります。

ドイツ — 交通事故死が3分の1に

ドクターヘリ先進国のドイツは73機を配備し、国内のほぼどこへでも要請から15分以内に到着できる体制を築いています。ドクターヘリ導入後、交通事故による死亡は約3分の1にまで激減したと報告されています。

引用:ドイツ航空救急(ADAC・DRF等)の配備・運用に関する公表資料

オランダ・欧州の研究 — 生存オッズ比6.9

医師が搭乗するHEMSを対象とした研究では、

  • オランダの研究:100回の出動あたり、約5.3人多く命が救われた
  • ある前向き比較研究:医師搭乗HEMSの導入で、30日後の死亡率が29%から14%へ低下。生存のオッズ比は地上搬送の約6.9倍

複数の信頼できる研究をまとめたレビューでも、HEMSは100回の出動あたり平均2.7人を追加的に救命していると評価されています。

引用:Helicopter Emergency Medical Services の生存効果に関する研究(オランダの physician-staffed HEMS 研究、欧州の前向き比較研究、および文献レビュー “Lives saved by helicopter emergency medical services”)

国は違っても、「医師を一刻も早く現場へ届ける」という仕組みが命を救うという結論は、世界共通です。

まとめ

  • 重症外傷では「ゴールデンアワー」が勝負。20〜30分の短縮が生死を分ける
  • ドクターヘリは治療開始を平均20〜27分短縮。30km以上の距離ならヘリが有利
  • 離島では船で4時間半以上→ヘリで約30分。医師の接触が4時間以上早くなることも
  • 国内データで外傷死亡が約27%減、後遺症が約47%減
  • ドイツでは交通事故死が約1/3に、欧州の研究でも生存率が大きく改善

数字で見ると、ドクターヘリが「あれば安心」ではなく「あるかないかで結果が変わる」インフラだとわかります。私たち運航する側は、この数分の重みを胸に、今日も安全に飛んでいます。

次回は「ドクターヘリが飛べない日」——天候や夜間など、ヘリにも限界があるという話を書く予定です。


参考資料

  • 認定NPO法人救急ヘリ病院ネットワーク(HEM-Net)https://hemnet.jp/
  • 日本航空医療学会 https://jsas1994.jp/
  • 厚生労働省 救急・災害医療提供体制等に関する検討会 資料
  • 熊本大学・大分大学 ドクターヘリ関連公表資料

※本記事の数値は各引用元の公表データおよび運航実績に基づくものであり、特定の運航者・地域の運用を示すものではありません。数値は調査時点・対象・条件により変動します。

コメント

コメントは承認制です。投稿後、管理人が確認してから表示されます。お気軽にご意見・ご感想をどうぞ。